大沢温泉、春と出逢う小さな旅、
サクラ香る温泉宿で癒され眠る

 4月の声を聞く頃、大沢温泉にも待ちわびた春がやって来る。そして4月が半分ほど過ぎると桜の気配というものが漂い始める。
 私はじわじわと一進一退しながら春色に彩られてていく北東北の4月の風景が好きだ。
 もちろん大沢温泉を包む山里も例外ではない。
 ドキドキするような思いをなるべく悟られないよう、豊沢川に沿った道を冷静さを装いながら上流方面へと急ぐ。まだ淡く朧げな青空の下、微かな春の息吹を感じながら……。

 桜前線北上中というニュースを聞くたび、あの大沢の坂道もそろそろ桜色に包まれているのだろうかと心がときめく。そうなるともう、いてもたってもいられなくなる。
 宮沢賢治が、高村光太郎が、きっと満面の笑顔で下っていったであろう大沢温泉への坂道……。ただそこに身を置くだけで喜びは桜の花びらのようにフワリと開くはずだ。

 そして、ここは知る人ぞ知る、夜桜スポットでもある。
当然のことながら泊まり客のみが独占できる隠れた名所といえる。
夜8時半頃、館内放送の案内に導かれ、ほろ酔い気分でする夜桜散歩もまた、大沢温泉だけの春の風物だろう。
桜の回廊のような坂道をゆっくり下れば、右手に「山水閣」の近代的で落ち着いた佇まいが、そして正面に「自炊部」の歴史を感じさせる鄙びた情景が目に飛び込んで来る。
 どちらも部屋の窓から春色を堪能できるのが嬉しいが、とりわけオススメなのは豊沢川の対岸にある「菊水館」。そして、この菊水館に寄り添うように湧く木造風呂「南部の湯」から眺める川岸の桜風景だろう。南部の湯は、宿泊しなくても自炊部から曲り橋を渡って行けば日帰り入浴も可能である。
 川べりに張り出した南部の湯は、春ともなれば窓枠からガラスの窓が取り外され、川風を感じることができる半露天風呂風になる。桜の季節、それもピンクの花びらが散り始める頃ともなれば、川風に散った花吹雪が湯船に舞い散り、桜色の湯となる。なんという優雅極まりない、贅沢な湯であろうか。
 春の彩りと香りに満ち、淡く優しい気持ちに包まれる、春の大沢温泉。ふと、仰ぎ見ると周囲の山々もほんのり新緑に彩られ始めている。

“其の2”へ続く…