
なめとこ山の秋のことならおもしろい。
なんのこと? と思う読者の皆さんも多いだろう。
なめとこ山の熊のことならおもしろい。──で始まる、宮沢賢治の代表作『なめとこ山の熊』の冒頭をもじって書き出してみたというわけなのだ。
熊撃ち猟師と、なめとこ山に暮らす熊たちの関わりを通して、自然界の摂理や宗教観、そして格差社会みたいなものを漂わせた、賢治らしいなんとも切ない物語だ。
それまで架空の山と思われていた、このお話の舞台「なめとこ山」が、豊沢ダムの奥、西和賀・沢内方面の深い森の中に実在するものであることがわかった。賢治生誕100年の平成8年のことだ。賢治は作品の中で「なめとこ山」をこんなふうに描いている。
- 一年のうち大ていの日はつめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしている。
- まわりもみんな青黒いなまこや海坊主のような山だ。
- 山のなかごろに大きな洞穴《ほらあな》ががらんとあいている。
- そこから淵沢川がいきなり三百尺ぐらいの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。
現在の地形図に記されている「なめとこ山」は、これらすべてが当てはまるわけではない。賢治はひとつの山を指して「なめとこ山」としたのではなく、その一帯に連なる山塊に散りばめられた気配を物語の舞台とし、「なめとこ山」と呼んだのではないだろうか。
さて、ある秋晴れの日、スケッチブックとデジカメを鞄に入れ、大沢温泉の傍らを流れる豊沢川に沿って車で上流に向かった。この県道12号花巻大曲線のうち、起点となる花巻から西和賀町沢内までが通称「銀河なめとこライン」と呼ばれる。この道は例年12月から4月末までは豪雪に覆われ、冬季閉鎖されるが春から秋の変化に富んだドライブコースとしても人気がある。
大沢温泉から上ること約10分。ほどなくして切り立った渓谷はダムにせき止められ、豊沢湖が目の前に広がった。絶妙なタイミングで来たらしく、湖畔の森は優しげで童話チックと言えるような紅葉に彩られていた。
スケッチをし、写真を撮りながら、のんびりと走る。緩やかに上る道の傍らに見え隠れしていたダム湖のきらめきは、再びゆったりとした流れになった。きらめく流れ──そう、それはまさに銀河である。
ふと渡ったひとつの橋の中央部に、透明の案内板を見つけた。それは「なめとこ山」の輪郭と説明を記したものだった。車を降り、案内板越しに豊沢川源流部にある山並を眺める。そこにあるこんもりとした「なめとこ山」は、紅葉の季節にも関わらず、なぜか確かに〈青黒いなまこや海坊主のような山〉に見えた。
きっとあそこには今もたくさん熊たちをはじめとした野生動物たちや、不思議な力を持つ森の精霊たちが潜んでいるのだろう。
眺めるだけで感じられる……。見つめていれば伝わってくる……。
きっと賢治さんが感じたものはほとんど変わらない、そんな「なめとこ山」の持つ不思議な存在感やメッセージみたいなものは、今も昔もここに立つだけで誰にでも感じ取れるのかもしれない、そう思った。
なめとこ山の麓に小十郎という男がいて、家族を養うため熊を撃っていたが、本当は熊に申し訳なく思っていた。山中で出会った熊の親子の会話を理解してしまったりする。小十郎は撃った熊の肝と毛皮を町で売るが、ずるい荒物屋によって安値で叩かれてばかり。ある日のこと、小十郎は山の中で遭った熊に鉄砲を突きつけるが熊はなぜ自分が殺されなければいけないか尋ねる。
小十郎は熊の末路を教え、気の毒に思っていると告げる。熊は小十郎に約束する。2年後、残した仕事を済ませたら小十郎の家の前で死んでいてやると。2年後、熊は本当に小十郎の家に来て死んでしまう。その後、なめとこ山中で猟をしていた小十郎は、熊に襲われてしまう。瀕死の小十郎は「お前を殺すつもりはなかった」という熊の声を聞く。3日後、小十郎のために数多くの熊が集い、盛大な弔いが行われる……。
宮沢賢治は、少年の頃、信仰心の厚い父に連れられて大沢温泉をたびたび訪れている。それは大沢温泉が花巻仏教会の講習会場だったからであった。学生時代には湯を汲み上げる水車を止めるというイタズラをし、風呂場が大騒ぎになったという逸話も残されている。
幼い頃から通い慣れた親しみある温泉───それが大沢温泉であった。花巻農学校の教師時代には、生徒たちを引き連れて湯浴みに来たという。この頃にはすでに、大沢温泉の傍らを流れる豊沢川の源流部に「なめとこ山」があることを知っていたであろう賢治は、その深い森を舞台にした物語を頭の中で描き始めていたのかもしれない。
