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「大沢八景」に描かれた曲り橋
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山水閣ギャラリーコーナーでは、
大沢温泉ゆかりの書画や写真を展示しています。
宮澤賢治
MIYAZAWA Kenji
1896-1933

少年の頃、賢治は信仰心の厚い父に連れられ花巻仏教会の講習会場だった大沢温泉に幾度となく訪れています。
学生時代は悪ふざけをして湯を汲み上げる水車を止めてしまい、風呂場が大騒ぎになったという逸話も残されています。
また後年、花巻農学校の教師時代には、生徒たちを引き連れて湯浴みに来ています。
宮澤賢治記念館
賢治の思想と活動が環境・信仰・科学・芸術・農村・総合・資料・世界が見つめる賢治宇宙の8部門に分けて視聴覚的に展示されています。
周辺には童話村、イーハトーブ館、花巻市立博物館もあります。(車で約30分)
高村光太郎
TAKAMURA Kotaro
1883-1956

昭和20(1945)年、空襲で東京のアトリエを焼失した光太郎は、賢治の父を頼って花巻に疎開しました。以後7年間、光太郎は花巻を愛し、大沢温泉を「本当の温泉の味がする」と言って喜びました。
高村光太郎山荘
光太郎が花巻に滞在した7年間、独居自炊の創作活動を続けた小さな建物で、当時のまま保存されています。 近くの高村記念館には、彫刻や遺墨などが展示されています。
大沢温泉から車で約10分の位置にございます。
相田みつを
AIDA Mitsuo
1924-1991

相田先生ゆかりの盛岡の祇陀寺さんとのご縁から、大沢温泉によくお越しいただきました。ある時、宴席でどんな一筆が好きかと先生に訊ねられ、当館女将が「ゆ」の字をリクエスト。「ゆ」とは温泉のお湯の「ゆ」であり、大切な旅のおもてなしである夕餉の「ゆ」、また、楽しいひとときをお届けする愉快の「ゆ」、その他、ゆとりや優雅の「ゆ」を象徴した一文字です。丸みをおびたその優しい雰囲気からも、しあわせを連想させる、まさに大沢温泉が目指すすべての想いが込められています。先生はその願いに快く、渾身の筆さばきで素敵な「ゆ」の字を書いてくださいました。
相田みつをの生涯
大正13(1924)年栃木県足利市に生まれる。 旧制栃木県足利中学校卒業後、曹洞宗高福寺の禅僧・故武井哲応老師と出逢い在家のまま生涯にわたって師事する。昭和29(1957)年足利市にて第一回の個展を開催。その後各地にて作品展や講演活動を行う。平成3(1991)年12月永眠。享年67歳。
相田みつを 美術館ホームページ